3.Interception

「さァて、もう一仕事と行きますかねぇ………」

最前列の運転席を掌握しようと企んでいた『オレイカルコス豪盗団』の一味――ロスタムとラクシュなるコンビだ――を
縛り上げて二両目にやって来たシェインは、そこでの戦闘に備えてブロードソードを構えつつドアを開いたのだが、
彼が足を踏み入れた時には、車両内の強盗団は既に鎮圧された後だった。

「―――って、お〜おぉ〜っ! 相変わらず派手にやらかしてくれてんじゃん。
さッすが我がチーム最強の破壊魔ことフィーナ・ライアン様だな」
「ひ、人聞きの悪い呼び方しないでよ、シェイン君っ! ちゃんとゴム弾使ったんだから安心だよっ!」
「いやー………、ゴム弾使うか実弾使うかの問題じゃない気がすんだけど、コレは」

シェインがその車両内にやって来たのは、ちょうど“ブロンドの妹”―――フィーナが、
両手で構えたリボルバーの銃口に燻る硝煙をフッと一息で吹き飛ばした時である。
無骨なリボルバーと、ハードボイルド小説から抜け出したかの様な仕草は、それを手に取るフィーナの愛らしい顔立ちとは
あまりに不釣合いで滑稽さを誘うが、彼女の足元で腕や肩を抑えて苦悶の表情を浮かべる男たちの群れを見ると
これは笑うに笑えまい。

「大体、アルがいけないんだよっ! やる事があるからって強盗さんの取り締まりをか弱い女の子に任せてさっ!
危ないからお前たちは下がっていろとか、フツーはそういう展開になるものじゃないの!?」
「それにしては興が乗ったようなお顔で発砲なさっていたように見受けましたけど………」
「マリスさんまでそんなこと言う〜! 私は守るより守られたいタイプなんですっ!」

戦闘用なのか、護身用なのかは知れないが、“黒髪の恋人”―――マリスの手には金属バットが握られていたが、
これが使われた形跡はどこにも見られない。
つまりフィーナが接近さえ許さず、彼らが間合いへ踏み入って来る前に撃破した証拠に他ならなかった。

戦闘終了直後かつ手にしたリボルバーから明らかに硝煙が立ち昇っていると言う条件が整えば、
マリスの言ったことにある程度の信憑性が生まれ、これを原因にあらぬ誤解を招いても無理からぬ話だが、
フィーナの名誉の為に明言するならば、彼女は強盗団を狙撃した事に異常な快楽を覚えた訳ではない。
悪党相手であろうと、暴徒鎮圧用のゴム弾を用いようとも、彼女は自分の身を撃たれるような思いをしながら、
決死の覚悟でもってトリガーを引いているのである。

「とりあえず、わたくしの【トラウム】を使う事態にはならなかったようで―――」
「―――ナメるんじゃねぇぞ、小娘ぇッ!!」

唇に人差し指を押し当てながらフィーナに話しかけたマリスの声が、横から飛び込んできた怒号によって
掻き消されたのはそのときである。
怒号の発せられたほうへと視線を巡らせたマリスは、目を見開いてアッと悲鳴を上げた。
ゴム弾の洗礼を浴びて悶絶するアウトローの一人がフィーナの背後で突如として起き上がり、
彼女に向かって手斧を振りかざしているではないか。
非致死性ではあるものの、クリーンヒットを被れば昏倒も免れない銃撃を受けたにしては身のこなしが早い。
どうやら悶絶する振りをして追撃を免れ、油断が生じるのを窺っていた様だ。

「真っ二つになりやが―――」
「―――そこッ!」

完全に不意を突かれたこの状態では、迎撃の態勢を整えるだけの時間的余裕も望めそうにない。
剛力でもって振り落とされる斧など受ければ、小柄なフィーナなどたまらず即死してしまうだろう。
まさしく絶体絶命―――だが、フィーナとて生死が紙一重で行き交う激闘を何度となく潜り抜けてきた経験の持ち主だ。
相手の気配を鋭敏に読み取ると、後ろを振り返る事すら無く背中越しに狙いを定め、突然の切り返しに驚く悪漢の肩口を
新たな銃撃で吹き飛ばした。
当然、非致死性のゴム弾であるから、実際に腕が炸裂する事は無いのだが、至近距離から撃ち込まれた銃撃は悪漢の骨を砕き、
斧を握るだけの腕力を奪い去った。
真に驚くべきは精密な射撃ではなく、この間、フィーナが一度も相手がどの位置にいるか、視認を取っていない事である。

相手が斧を取り落とすや否や、急速に反転して悪漢と向き合い、第二撃、第三撃を容赦無くその眉間へ叩き込んだ。
フィーナが得物とするリボルバー、SA2アンヘルチャントは一般に普及している銃器と内部の構造が異なり、
連射を行なうには一回一回撃鉄を起こさなくてはならない造りとなっている。俗に“シングル・アクション”と呼ばれる機構だ。
トリガーと連結するバネによって自動的に撃鉄が起こされる一般普及の拳銃との違いは今しがた説明した通りで、
“シングル・アクション”の場合、弾丸を連続で発射させるには“ファニング”なる特殊な技法が要される。
これは、右手の人差し指でトリガーを引きながら左手で素早く撃鉄を弾いて連射の体勢へ持っていくという
相当な力技なのだが、自称か弱い少女であるフィーナはその荒っぽいガン・テクニックを難なくやってのけ、
たちまちの内に悪漢を一掃してしまった。

「ホラ出た、最強の破壊魔。アル兄ィに雑魚の相手を押し付けられたつってたけど、ホントはあまりのドSっぷりに
ドン引きされただけじゃないの?」
「違うっ!! それだけは断じて違うからっ!! アルはそこまで薄情者じゃないよっ!!」
「あらあら、今の言い方からしますと、“最強の破壊魔”と言う点はお認めになるのですね、フィーナさん」
「いや…、えっ!?」
「だよな〜、ドS全開な暴れっぷりを目の当たりにしてもアル兄ィは引いたりしないって言うけど、
それって破壊魔って認めちゃったってコトでしょ? 破壊魔でもオッケー、みたいな?」
「ち、違ッ! 今のは言葉のアヤで、別に私は………ッ!!」
「大丈夫ですわ、フィーナさん。わたくしも理解がありますもの。貴女がどのようなご気性をお持ちであっても、
アルちゃんと一緒に支援させていただきますわ」
「なんでそんなイイ笑顔なんですか、マリスさんはぁっ!?」

本人は躍起になって物騒な形容詞を否定するものの、“ファニング”へ至るまでの動きには僅かな無駄も無く、
加えて気配だけで相手の位置を予測した初撃は神懸かっていた。
シェイン曰く“最強の破壊魔“がどれだけの層に浸透しているかは不明だが、この凄まじい射撃能力を見る限り、
割と大勢の人々に認識されているのかも知れない。

「―――っと、今度は上か………ふんふん………この振動、この足運びからすると暴れてんのはオヤジだな。
次から次へボクらも飽きずによくやるもんだよ」

それは、自嘲か、昂ぶりか。
ガタンガタン―――と断続的に鈍い音が響く天井―――つまりは屋根の上での荒事を
睨み据えたシェインの口元が高揚した様に吊り上がった。







(………この俺が計画を誤るとは………おのれ………ヤキが回ったか………ッ!)

シェインが睨んだ通り、屋根の上ではマルダースら『オレイカルコス豪盗団』と迷惑客転じてヒーローたちが
大立ち回りを繰り広げていた。
戦局の変遷に応じて隣接した車両へ参戦者たちは散開しているものの、六両目が主な戦いの舞台となっている。
最前列には今も走行を停止させたビルバンガーTが聳えており、剣戟の最中に厭でも目に入るその巨体に
マルダースは舌打ちが止められなかった。

「トゥデイもイイ具合に張ってくれてるねぇ、ボキのドラムちゃん。いつにも増してマーベラスなソーサルが
エクスプロージョンしそ〜だヨ♪」

存在感を前方へ盛大に主張する丸い太鼓腹を左の掌で叩いてリズムを取り、右手に握る錫杖を、
その奇怪なリズムに合わせて振り回していた“民族衣装の男”―――ホゥリー・ヴァランタインの頭上へ
青白いエネルギーの塊が発生した時には、その戦いの決着は既についていたのかも知れない。
一つの巨大な塊から二つ、三つと分裂し、最終的に九つへ増えたエネルギーの塊は、
ホローポイントと呼ばれる魔法の一種であり、九条の閃光を弾丸の様に射出して標的を打ち据え、
戦闘力を奪う攻撃用途の物である。

「な、なゥッ!?」
「頭数程度の雑魚にゃ用はナッシングだヨ。邪魔にならないように隅っこでスリープしといてな。
ネクストにウェイクアップしたときにはバッドスメルなフードをご馳走するからねぇ♪」

ホローポイントの直撃を被った強盗団の二人――ザッハークの脇を固めていた部下たちだ――は、
さんざんに打ち据えられる中で意識を飛ばされ、あわや屋根の上から転落死しそうになった。
「清々しいぐらいウィークだねェ〜」と嘲り笑うホゥリーが風の魔法を発動させ、地面へ激突する前に受け止めていなければ、
今頃彼らの命は本当に無かったことだろう。

「野郎ォッ! 回れッ! 回りこめッ!! 数じゃこっちのが圧倒的なんだッ!!」
「逃げ道塞いでリンチにしてやらぁッ!! ナメてんじゃねぇぞ、クソ共ッ!!」
「俺たちの邪魔しやがった報いってのを思い知らせてやるぜッ!!」

各車両へ潜んでいた強盗団の一味も天井から響く激音に異常事態を察し、今では総員が屋根の上へ集結しつつあった。
例外的にフィーナやシェインに叩き伏せられた数名はよじ登る事も叶わなかったが、
それでも屋根の上には二十人近くのアウトローが溢れ返っている。
皆、計画の前に立ちはだかった忌々しい正義の一団に対する怨恨と殺気に燃え盛っていた。

「そっちこそ、正義のヒーロー、ルディア・エルシャインちゃんをナメるんじゃねーっての!
数さえ揃えれば勝てるってもんじゃないってことを身をもって味わいやがれってのっ!」

よほどシエスタで元気を養えたのか、星のマスコット人形の少女・ルディアの声には、
聴く者の鼓膜が震えるぐらい底抜けのパワーが漲っている。
そのパワーと一緒に繰り出されるのは、愛らしい外見とは裏腹の恐るべき攻撃力だ。
「メガブッダレーザー発射!」とルディアが叫ぶと同時に胸元に付けている星をあしらったマスコット人形から
極太のレーザーが放射され、射程圏内に入っていたアウトローたちを根こそぎ吹き飛ばした。
リボルバーを巧みに操ったフィーナと同じく、この少女も見た目の愛らしさとは裏腹に相当戦い慣れしている様子である。

「ギャッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!!!!!!
何だ今のツラ! 何だ今のツラぁッ!! 面白すぎて昼飯戻しちまいそうだッ!!
もっともっと爆笑もんのキモネタ顔ォ作ってみやがれ、便所コオロギどもォッ!!!!!!!!!
ギィ―――――――――ヤッハァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!!!!」

………ただ、同じ女性陣でも、水無月撫子(みなづき・なでしこ)だけは前述の二人と明らかに違う。違いすぎる。
真っ暗なオーラを全身から漂わせ、誰にも聴こえない小さな声で毒を吐き散らしていた先ほどまでの
鬱々としたコンディションから一変してハイテンションと化し、逃げ惑う『オレイカルコス豪盗団』を
狂喜して笑い飛ばしていた。

「こ、ここ、こいつ、化け物かッ!?」
「恐ぇッ!! ありえねぇよ、なんだよこいつッ!! まじで恐ぇよッ!!」
「………化け物ォ? ギギギ………ギィ―――ヒェッヒェ―――――――――ッ!!!!
化け物上等じゃね―――かッ!! そんでテメェらは化け物に喰われる餌よ、餌ァッ!! 家畜以下だぜッ!!
オラッ!! もっと良い声で哭きゃがれよ、オラッ!! どうせ死ぬならオレを愉しませてから死にやがれッ!!
四つん這いになって許しを乞いやがれッ!! 当然、聞き入れてやらねぇがなぁぁぁッ!!
ギギギギギギギギギ―――――――――ギギギェギェギェギェギェ――――――――――ッ!!!!!!!!!」

いくら悪辣な強盗団とは言え、マルダースの采配の元で何度となく修羅場を踏んできた屈強の男たちが揃っているのだから、
ちょっとやそっとの異変には誰も動じない―――筈だった。
しかし、目の前で狂った哄笑を上げるこの女はどうだ。水無月撫子はどうだ。
これまでの人生の中で、これほどの戦慄を覚えさせる相手がいただろうか。
脂ぎった髪を掻き毟りながら不気味に哄笑する撫子の狂態はどんな化け物よりもおぞましく、
身の毛がよだつ、底の知れない恐ろしさに声を失う。

「ギャッハハハハハハッ!! 美味そうに飛び散りやがれッ!! ハンバーグになりやがれよッ!!
藪號The-Xじゃああああああああああああああああああッ!!!!!!!!!」

確実に言えるのは、数十人から構成される強盗団の誰一人として、タライの様に大きな口から
無数のミサイルを吐き出す人間を見た経験が無かった事だ。
平然と粘液と共にミサイルを吐き出し、ゲラゲラと狂喜乱舞する撫子の姿に、誰もが今まで感じた事の無い類の恐怖と戦慄を覚えた。
“背筋が凍りつく”などというレベルではない。

「狂っちまうッ!! 可笑し過ぎて狂っちまうぜッ!! サイッコォォォォォォォォォ―――――――――ッ!!!!!!
チビッてやがんよッ!! お漏らししちゃってんよッ!! ギャッハハハァ―――――――――ッ!!!!!!!!!
墓前にゃオムツを供えといてやるからよォッ!! 鼻がひん曲がっちまって困るぐれぇ、
てめぇら、ブリバリみっともねぇカッコをさらしてくれよォッ!!!!! じゃねぇとあっさりハンバーグにしちまうぞォォォオォォッ!!!!!! 
ギィッヒャハァ―――――――――ッ!!!!!!!!」

撫子が吐き出した十数発ものミサイルは強盗団めがけて一直線に滑空したが、
あわや直撃という寸前で急速に軌道を変えて遠方に飛び去り、どことも知れない地上で爆散した。
もちろん、強盗団の構成員の中にミサイルの軌道を操作できる異能を備えた人間がいたわけではない。
爆死すると思って縮み上がった強盗団の怯え様を愉しむ為に撫子本人がわざと外したのだ。
戦闘開始から何度となく繰り返されてきた威嚇行為だが、毎回、軌道が捻じ曲がるまでの距離を微妙に調節しては
強盗団たちの恐怖を煽っているのが、また、悪質だった。

「も〜、ナデちゃん、下品過ぎなのっ。花も恥らう女の子がブリバリとか言っちゃうのはアウトなのっ」
「オレの遊びの邪ァ魔すんじゃねぇよ、小娘ェッ!! 引ん剥かれて売られてェかァああッ!?」

悪趣味極まりない撫子の威嚇をルディアが嗜めるが、彼女曰く“遊び”に興じてテンションの上がりまくった耳に
諌めの言葉など通るわけがない。
聴く人が聴けば、即座に通報されそうな悪態で撫子はルディアを突っぱねた。

「………そ〜ゆ〜下品なコトを言う娘はこうなのっ♪」
「―――なッ!? てめッ!! ど、どこを触っ………揉んでやがんだ、オイッ!?」
「そ〜れ、ふかふかのふっかふか〜♪」
「ちょ………コリコリすんなッ!! ………ンのガキ――――――ひゃふんっ!!」

なおも悪質な趣味を続けようとする撫子の背後から抱きついたルディアは、当惑する彼女の脇から手を伸ばし、
お世辞にも整っているとは言い難いその胸を揉みしだき始めた。
饅頭型の胸を揉むルディアはどうにも手馴れており、あれほど狂乱していた撫子ですら
脱力してへたり込んでしまうぐらいのテクニシャンぶりだ。

「言うコト聴かないナデちゃんにはやっぱこれなのっ! おっぱいで解らせるのがイチバンですのっ♪ 
おっぱいは正直っ! おっぱいは世界っ! ―――んん〜っ♪ フィーちゃんのも良いけど、
触感はナデちゃんが最強なのねっ♪」
「ま………毎度毎度………わけわかんねぇコト………言いやがって………」

―――などと言うやり取りを聴く限り、撫子が暴走した時はいつもこうやってルディアが止めているのだろう。
………女性二人が胸を揉む揉まないと騒いでいるにも関らず、どうにも色気より薄気味悪さが先行してしまうのは、
相手がやはり撫子だからか。

「美女と野獣ってレベルじゃねーぞッ!!」

ミサイルによる悪質な威嚇とはまた違う“戦慄”に背筋が凍る『オレイカルコス豪盗団』だったが、
これはまた別の話。

「さすがと称賛すべきか、おのれと歯噛みすべきか、剣士としては迷ってしまうところだな。
………“フツノミタマ”。裏社会にて剣鬼とも恐れられたその太刀筋………感服したぞッ!!」
「悪党にホメられたってちっとも嬉しかねぇがな―――ま、てめぇが言うところの剣鬼にツブされたってぇ土産話を、
冥土の土産にでも持ってくんだなッ!!」
「同じ死ぬなら、そうだな………貴様の首をあの世の渡し賃にさせてもらいたいものだッ!!」
「どの世の沙汰も金次第ってかァッ!? 悪ィなッ!! てめぇにくれてやれるのは引導だけだぜッ!!
他にも何か持っていきたけりゃ、そこのドラ息子に頼んでおきなッ!! もっとも、頼むだけの余裕が残っていればだけどよォッ!!」
「堕ちた身なれど剣の法には覚えがあるのでな―――結んだ先に切り拓かせてもらうッ!!」
「上等だッ!! やってみやがれ、マルダース・キャシディッ!!」
「言われぬでもッ!!」

―――撫子とルディアのとぼけたやり取りから離れる事、数十メートル。
四両目の屋根の上では、キャシディ親子がフツノミタマを相手に激闘を演じていた。
もっとも、実際に白刃を合わせているのはマルダース一人で、二挺拳銃を備えている筈のザッハークは
早々に戦闘不能状態に陥っている―――と書けば恰好も付くのだが、
早い話が、フツノミタマの余りの凄まじさに腰を抜かしてしまったのだ。
正体を失くすほどの泥酔は、実は演技だったのではと疑ってしまうぐらい、フツノミタマの振るうドスは峻烈で、
無敗を誇るマルダースですら神速の剣閃の前にジリジリと追い詰められているのだ。
とても若年のザッハークが太刀打ちできる物ではない。

(………なんなんだよ、こいつ………本当に人間なのかよ………ありえねぇよ………)

常にマルダースの圧倒的勝利を見てきたザッハークには、フツノミタマ自体が信じられない存在だった。
フツノミタマが歴戦の凄腕である事は、顔中に走った傷という傷を見れば理解できる…が、
幾多の勝利の代償として本来の機能を失ってしまったと思しき左腕は、浅黒い包帯で吊られて不自由なのだ。
ハンディを背負いながらも父に肉薄し、なおかつ追い詰めつつある事実は、断じて受け入れ難い。
あらゆる面でマルダースの方が、父の方が有利にも関らず、どうして後退する理由があるのか。

「どうしたァッ!? 肩で息し始めてんぞォッ!? こんなもんで息切れたぁ、最初の大法螺吹くだけで体力一杯イッパイだったんかぁッ!?」
「恥を偲んであえて反論するなら、そちらが圧倒的なだけだよ。
私はいつものペースで剣を振るっているのだがね………手強すぎるのだ、お前の剣が」
「誉めたって何も出ねぇぜ? ―――おっと、引導だけならくれてやるっつったっけなァッ!!」

しかし、マルダースとフツノミタマの差は、一合、二合と火花が散るに従って決定的なものとなっていく。
身の丈以上の巨大な剣『ジグラット』を巧みに操り、横に払う一文字、縦に振り落とす一文字、斜めからの電撃的な袈裟掛けと
流麗に打ち込むマルダースだったが、フツノミタマはそれを遥かに上回る体さばきで襲い掛かる剣閃をことごとく回避し、
轟々と唸りを上げる追撃に怯むどころか前へ押し出して自らの得物で猛然と返した。
フツノミタマが得意とするのは、『月明星稀』と銘の打たれたドスである。
純粋に武器のリーチで言えば、軽く2メートルを超えるマルダースの『ジグラット』の方が優勢に見える。
当然、剣術の技量や得意とする間合いは使い手によってそれぞれ異なるので、
戦いの優劣を単純な武器のリーチで推し量る事は出来ないが、攻撃の届く有効範囲は必ず付きまとう。
刃渡りにして、ようやく30センチの『月星明稀』と2メートルの『ジグラット』では、
有効範囲という点で明らかにマルダースに分があった。

「なにやってんだよ、パパッ!! そんな毛虫野郎、いつもみたいに軽く捻っちまえよッ!!」
「フッ―――ザッハーク、我が息子よ。悪態をつく暇があるのなら、この男の動きを漏らさず見取っておれよ」
「な、なんでさッ?」
「父が斬り結ぶ今日の戦いは、この先、お前にとって必ずや糧となる。
矮小な父を遥かに超えた剣の鬼がいた事を、その動きを、技を、魂を―――良いな、くれぐれも漏らしてはならぬッ!!」
「悪党親子が三文芝居かッ!? 付き合ってやる程、俺の方はヒマじゃねぇんでなァッ!!」
「―――くッ!! なんのぉ………ッ!!」

恐るべきはフツノミタマの胆力だ。
常人であれば『ジグラット』が放つ威圧感に押され、気後れする内に斬り伏せられてしまうところなのだが、
彼は猛然襲い来る連続攻撃を掻い潜ってマルダースの懐に飛び込み、ドスの切っ先を突きつけていく。
如何ともし難いリーチの差を、自ら間合いを詰める事によって跳ね除けているのだ。
長大な『ジグラット』を振るっているとは言え、マルダースの攻撃も単調ではない。
むしろフェイントや体術を織り交ぜてある分、剛刀一つで押してくるフツノミタマよりも複雑に変幻している。
一つ動きを誤れば首を跳ね飛ばされるという極限の結界を描く『ジグラット』に恐れも怯みも無く飛び込み、
生死がスレスレで行き交う間隙を見極め、フツノミタマは反撃を繰り出していた。
重ねて恐るべきはフツノミタマの胆力である。まともな神経の持ち主であれば、そこまでの大バクチを打つ事は出来ない。

「さァて………こっからは俺の間合いだぜ? どうするよ? 煮られて死ぬかッ!? 焼かれて死ぬかァッ!?」
「生憎、食材として終える末期など考えた事も無いのでな………せめて剣士として恥じぬ様、
両断での最期を所望したいところだ………ッ!」
「まだそんな減らず口を叩いてやがんのかッ! いい加減、手前ェの危機を自覚しやがれッ!!」
「虚勢と取られては心外だな………これでも剣士としての魂まではドブに浸けてはおらぬのさッ!!」
「ほざけ―――と言いてぇトコだがよ、俺も人のコトをとやかく言えるほど、まともな道は歩いてねぇしよ。
しょうがねぇからもちっと付き合ってやるぜッ!! 望み通り剣士としてなッ!!」
「嬉しい事を言ってくれるッ!! 久方ぶりに血湧き、肉が躍ると言うものよッ!!」

マルダースの一瞬の隙を突いて間合いを潰したフツノミタマが、トドメとばかりに『月明星稀』の切っ先を横殴りに繰り出したが、
寸でのところで『ジグラット』の鍔に弾かれた。
しかし、目前に捉えた勝機を看過するほど、フツノミタマも甘くは無い。
弾かれた際に崩された体勢を即座に整えると体ごとマルダースへぶつかっていった。
肉薄した両者の鍔と鍔が擦れ合い、力任せに押し切ろうとする攻めと、身を引く事によって相手の力押しを減殺しようとする守りが
紙一重の狭間で激しく揺れ動く。
得物の長短に差はあれど、腕力はほぼ互角。一進一退の駆け引きが延々と続いた。

「もうダメだッ!! 逃げろッ!!」
「ボスにも勝てねぇ相手だッ!! とっ捕まったら殺されちまうッ!!」

フツノミタマとの斬り合いが膠着状態に陥ったマルダースから敗色を見て取った部下たちが、列車の屋根から飛び降り、
逃げの一手を打ち始めた。
ホゥリーの魔法やおぞましい撫子の暴虐によって恐怖を煽られた結果、堪り兼ねてとうとう恐慌を来たしたのだ。

「ザマぁねぇな、小悪党ッ!! 身の程に合わねぇ野望をブチかました結果がこれだぜッ!!
見ろよッ!! てめぇの可愛い捨て駒ども、親分置いて逃げちまったぜェッ!?」
「生きて逃げおおせれば再起の可能性もある。だが、死んで果てればこの地で終わる………そこまでだ。
どれほどの無様を晒そうと、生きている限り、恩讐を返す日も望めるというものよ」
「………………………」
「俺一人がここで犠牲になろうとも、あの者たちは生きて残る―――いつかこの刃をへし折り、
ふてぶてしいまでのその闘気を飲み干してくれるだろうよ」

一度、吹き付けた臆病風は、最早ザッハークがどれだけ「戻れッ!! 逃げるなッ!!」と叫んでも止められる事は無く、
呆然と見送る彼の目の前で、とうとう屋根の上の『オレイカルコス豪盗団』はキャシディ親子だけになってしまった。
しかし、マルダースは主を捨てて逃げ惑う部下たちにも温情を見せ、むしろ彼らがこの場から離脱するのを望んでいる様子だ。

「ヘイヘイヘイ、フッたん、ビビッる〜? そろそろエンドしてくんないと、置いてきたアイスがメルトしちゃんだよネ」
「フォローならルディにおまかせなの。チョコレートムースケーキで手を打つのっ!」
「………もっと…もっとヤラせろや………社会の底辺どもを汚物まみれにしてぇんだよ………、
………笑って笑って腸捻転しちまいてぇんだよ………オレはぁ………タマッてんだよぉう―――!」
「るせぇッ!! 話に割り込んでくんじゃねぇッ!!」
「あー、ナニ? もしかしてまだダラダラファイトするリエゾン? 熱血タイプのドラマに仕立てるつもり?
ディスなプレイスでアピールしてもスカウトのボイスなんかノンノンノンってゆ〜か?
ホビーとか美学とかさぁ、ギャランティーにならないもんはフリータイムでやってくれよネ。
―――ちゅ〜リエゾンで、ボキのほうでスイープしちゃうからネ」
「余計な真似すんじゃねぇッ!! いいなッ!? 絶対ェ手出すんじゃねぇぞッ!!」

互いに鍔と鍔とを克ち合わせ、一歩も引かない根競べに突入したフツノミタマをホゥリーが厭味ったらしい声でせっつく。
彼の目の前には既に魔力で生み出された炎の塊が燃え盛っていた。
逃亡を始めた者や打ち倒された者など、強盗団の大勢が戦闘力を失った今、残る敵対者はマルダースとザッハークのみである。
あと一歩で押し切れるところまで来ているにも関らず、鍔迫り合いで硬直状態に入った剣士二人の対決が
時間も無駄だと言わんばかりの悪態をホゥリーは吐いて捨てたが、フツノミタマにしてみれば、
一対一の真剣勝負に入れられる横槍こそ最も無駄な物だった。
今にも放射されそうになるホゥリーの火球を厳しい口調で押し止めると、意識を再び目の前のマルダースへ戻した。

「てめぇ、なかなか面白ェじゃねぇか………悪党でなけりゃ酒酌み交わしてやっても良かったんだがなッ!!」
「出来ればそれは御免被りたいのだがね。拝見するに、貴様は実に酒癖がよろしくない」
「あぁ? さっきのアレか? あんなんフリに決まってんだろッ!
加減も知らずに酒かっくらうバカがこの世界で通用するかよ。呑まれたトコロをブスリだぜッ!!」
「全くその通りだ。………悔やむべきは、それら常識的な事柄を見落とした私の愚かしさだ―――なッ!!」
「―――――――――ッ!!」

そして、延々たる膠着は不意に破られた。
肉弾をぶつけて押し切るべくなおも力を加えるフツノミタマが上体を傾けたその時、その脇腹へマルダースの蹴りが突き刺さり、
勢いよく彼を跳ね飛ばしたのだ。
これによって拮抗していた間合いが離れ、と同時にフツノミタマに一瞬の隙が生じた。

「受けてみよッ!! 我が秘太刀『マルダースープレックス』ッ!!」

決着へ勝利を飾るには、今しか無い。
フツノミタマの迂闊に勝機を見出したマルダースが、不意討ちを受けて咽ぶ彼の懐へすかさず飛び込み、
『ジグラット』を両手持ちに構えたまま、両腕を思い切り背面へ反り返した。
海老反りの状態から全身の筋力とバネを駆使して振り落とされるこの技こそ、
マルダースの無敗を打ち立ててきた切り札『マルダースープレックス』だ。

「―――ハンッ!! 上等じゃねぇかッ!! 来いやッ!! 膾斬りで跳ね返してやんぜッ!!」

鍛えに鍛え上げられたマルダースのしなやかな筋力と『ジグラット』の重量が融合された『マルダースープレックス』は、
掠めただけでも致命傷になり兼ねない凄まじい威力と広範囲をまとめてカバーできるリーチが驚異的だったが、
それを見抜いてもフツノミタマの攻めの姿勢が崩れる事は無い。
体勢を立て直すや、鍔迫り合いに軋む直前までと同様、果敢に『マルダースープレックス』へ立ち向かっていく。
『月明星稀』を逆手に持ち替え、上半身に捻りを加えているところからして、
『マルダースープレックス』に対抗する剣技を繰り出そうとしているのではないだろうか。

「バラバラになりやがれ――――――『殲風(せんぷう)』ッ!!」

死闘の絶頂を見守る誰もの予想は的中し、やはりフツノミタマも『マルダースープレックス』に
比するだけの絶対の信頼を寄せる秘技を放った。
鋼の兜を叩き割る様にして振り落とされる一閃へ、全身を高速でスピンさせながら斬りかかる『殲風』なる技で―――
相手の血肉を削り取る白刃の竜巻となってぶつかっていくフツノミタマ。
重みある縦の一文字か、疾空する回転斬りか。
渾身を注いだ必殺の太刀が、今、激突する―――

「ハイハイ、お疲れお疲れ、『ファランクス』☆」

―――かに思われた寸前だった。
互いの切っ先が触れるか触れないかのギリギリの瞬間、突如として灼熱の火球が降り注ぎ、
マルダースが今まさに振り落とした『ジグラット』へ着弾するなり大爆発を起こした。
誰の仕業と確認するまでもない。『ジグラット』ごと大きな痛手を受けて吹き飛ばされたマルダースから
わずかに視線をずらしたところに「アニメみたいなパターンがリアルに通用しっこナッシングよ」などと
ケラケラ笑うホゥリーの姿があった。

「この………歩く重油製品めがッ!! てめぇッ!! あれほどやめろっつったのに、なんで勝手なマネしやがんだッ!!」
「はァん? 先にセイったよね、ボキ。ボキのほうでスイープしちゃうってサ。チミのイヤーは節ホールかい」
「だからそん時、釘刺しただろうがッ!!」
「ボキがしたのはノーティスであってクエスチョンじゃナッシングだからサ。………アンダスタン? 
クエスチョンマークなんか語尾に付けて無かったっしょ? あったのはピリオド。ピリオドマークね。
さ〜て、何時、誰がクエスチョンしたかナ? チミのリクエストをオーケーしたかネ?」
「ネチネチグダグダうるっせぇッ! だったら空気を読みやがれッ!!」
「空気リードってのは、それこそボキのメッセージだよン。
エネミーの戦意がロストしたってタイミングで、いつまでもモタモタファイトされてもねェ。
ボキたちはワークでディスに来てるんじゃナッシング? ホビーのタイムとセイムじゃナッシングよ」
「あぁッ!? 俺の戦いにケチつけよってのかッ!?」
「イグザクトリーでございますゥ〜。ドンの不利をルックしてエスケープし始めたボキちゃんたちが、
チミのピンチをルックしたとシンキングしてみなよ。 『ボスが押してる』『勝てるぞ、これ勝てるぞッ』ってなったら、もうワーストっしょ。
ブレス吹き返するのよ、エブリバデーが。ノックアウトされたヤツはレイズするわ、エスケープしたヤツらもソッコー回れライトよ。
ルストってもこのメンはカリスマ。ハンドレッド以上のチームをオーガナイズドしたくらいなんだしィ、
影響力だってハンパナッシング。んでもってあのテのブレイン味噌筋肉フールってのは、
ドンがイケイケになるとセルフたちもイケイケになるリエゾンなのね」
「………………………」
「そうなったらもうアウチっしょ。そうなる前にゲラウトして、パーフェクトにヴィクトリーってのが得策じゃあナッシング?
ボキ、アウチなワードを垂れ流しちゃったかな? かなかな? せっかく“彼”が編み出したオペレーションに
ミソがついちゃうんじゃナッシング? ナッシンシン?」
「がァーーーッ!! うぜぇッ!! うざ過ぎんぜッ!! あぁあぁ、てめぇの手柄だよ、全く持って仰る通りだッ!
………でもなぁ―――」

力と力の激突でもって決着をつけようと息巻いていたフツノミタマにしてみれば迷惑極まりない横槍である。
こればかりは許せぬと即座に噛み付いたが、怒号を浴びせられてもホゥリーは堂々と胸を張り続け、
逆に理論理屈を懇々と語ってフツノミタマを説き伏せてしまった。
………ちなみに「抜け駆けすんじゃねぇッ!! オレにヤラせやがれぇッ!!」と両手一杯に無数の小型ミサイルを
抱えてドス黒い叫びを上げる撫子の抗議は完全黙殺された事も、一応付記しておく。

「―――それでもなぁ、男には一対一でつけなきゃならねぇケリってのがあるんだよッ!!
相手がカリスマであるならなおの事だッ!! 剣士ってのはそういう生き物なんだッ!!」

悪びれるどころか、自分こそ正論と胸を張って見せたホゥリーへ爆発させた歯軋りも虚しく、
フツノミタマの心意気が実を結ぶ可能性は、次に訪れた闖入によって0%にリセットされた。

「―――あ、御老公なのっ!」

悪辣極まりないホゥリーのやり口に歯軋りするフツノミタマや、被ったダメージの大きさに意識を失いかけたマルダースが、
どこからともなく聞こえてきた不可解なクラクションと、それに反応を示すルディアの嬉しげな声を耳にしたのはその時である。

「デ、デコトラぁッ!?」

父と同じくクラクションに虚を突かれたザッハークは音のした方向へ慌てて首を振り、それと同時に我が目を疑って絶句した。
―――デコトラだ。凄まじい砂埃を巻き上げる一台のデコトラが、けたたましいクラクションを引き摺りつつ、
猛スピードで列車に近付いてきていた。
運転席から末端に至るまで一分の隙間も無くドライバーの趣味と思われる装飾が施されたデコトラは
逃げ惑う『オレイカルコス豪盗団』を横切って列車の脇に停車するなり、コンテナのドアを開放した。
コンテナのドアは機械仕掛けとなっている為、人力を必要とせずに全自動で開放されていく。

「な、なんでデコトラ!? なッ、何がッ、何が始まるってんだよッ!?」

次々と頻発する理解不能の事態に混乱するザッハークだったが、全開されたデコトラの荷台から飛び出したのは
彼を更なる当惑と絶望に叩き落す存在だった。
いや、こればかりはザッハークだけでなく、マルダースの神経をもメチャクチャに掻き乱した。

「………チッ、そういうワケか。時間切れって事かよ………ッ!! どいつもこいつも、ホント、腹の立つタイミングで
割って入ってくれやがらぁッ!!」
「しゃかりきファイトしたみたいだけど、いや〜、残念無念ねぇ、リトル悪党ちゃん。オールがムダな足掻きだよン。
マルダースちゃんと愉快なフレンズもこれで一網打尽だわナ♪」

―――それは、異様と言えば余りに異様な光景だった。
個々人々、手にした武器から外見から、何から何まで一つとして揃いのものがない強烈な個性と異彩を放つ一団が
開放されたコンテナから飛び降り、線路の途中で停車を余儀なくされた鉄道を席巻、
混乱を来たした『オレイカルコス豪盗団』を次々と生け捕りにしていくのだ。

この世に悪の栄えた試しなしとの熱い宣言と共に機関銃の連射を浴びせてアウトローたちを威嚇する者。
銃身を切り詰めたライフルを表情一つ変えずに撃発し、向かってくる敵を容赦なく駆逐する者。
円形の盾で敵の攻撃を巧みに受け流しつつ、そのまま力ずくで押さえ込む者。
戦い方は皆それぞれ異なるものの、いずれも複数の敵を相手にして全く引けを採らない手練である。

またある者は、愛犬を導くリードか何かのように連結部の鎖が異様に長い手錠を巧みに操り、
逃げ惑うアウトローたちを逮捕していく。
気功術の一種と思しき蒼白いオーラを体躯から発する男は、これを纏わせた豪腕でもって片っ端から雑魚を粉砕していった。
全身を具足で包んだ厳つい男は槍を自在に操り、長い柄でもって足を払った相手に穂先を突きつけ、しきりに投降を促している。

コンテナから飛び出した一団の包囲網を抜け出し、命からがら遠くまで逃げ遂せた者たちもいることはいたが、
空から降り注いだ大型手裏剣――大型の段階で“手裏剣”の意味をなしていないのだが――でもって行く手を遮られ、
この使い手にあえなく捕縛された。
それでもしぶとく這い回る者は、コンテナに居残った狙撃者によって太腿を撃ち抜かれる。
数キロ先の的にまで必中させられるこのスナイパーライフルからは、どうあっても逃げようがなかった。
刀身に火炎を稲妻を宿すと言う秘術の使い手は、一団の中でも際立って手強い。
ただでさえ手強いと言うのに、うっかり「こ、このオバサン、やべぇぞッ!?」などと口を滑らせた者には、
更に無慈悲な攻撃が加えられる。
不幸中の幸いと言うべきか、斬り捨てられるようなことはなかったものの、口を滑らせた不届き者の鼻っ柱には
渾身の力を込めた柄尻が振り落とされた。鼻の形が変わってしまうのは免れまい。

「こ………れ………は………」
「―――なッ!? なッ!! なぁあああッ!?」

多士済々の戦士たちによって一人の漏れも無く捕縛されていく同胞たちを、マルダースもザッハークも、
ただただ呆然と見守るしかない。

(………漏れていたのか、この計画………ッ!)

思わず歯軋りするマルダースであったが、思考がそこへ至るには、些か遅過ぎた。
『オレイカルコス豪盗団』が標的としていた列車にフツノミタマたちが“たまたま”居合わせたと言うことでは、
状況を見計らって現れたとしか言い様の無いこのデコトラの説明がつかない。
となれば、導き出される答えはただ一つ。
どこかから、何者かから今回の計画が漏洩し、これを是としない者たちの耳に入ったとしか考えられないのだ。
そして、事件を未然に防ぐ為に彼らが潜入捜査に当たっていたのだ、と。

少数精鋭で予防線を張った列車内部から強盗団を放逐させ、混乱に惑ったところを大人数の部隊で取り押さえる―――
それを見抜けなかったマルダースにとっては屈辱的であろうが、実に合理的な作戦である。
無敗を誇ったマルダースの強盗団は、僅か数時間の内に壊滅に近いダメージを被り、再起は絶望的のように思えた。

「コッカァァァァァァァァァ―――――――――ッ!!!!!!」 

征圧はなおも続く。
圧倒的な強さで悪党どもを屈服させていく人々に混じって縦横無尽に戦場を飛び交う影がルディアの目を引いた。

「うんうん、ムルグちゃんは今日も元気なの。元気すぎて全身が真っ赤なの。真っ赤って言うか、ドス黒いのね!」

目にも留まらぬ速さで大空を自由に飛翔し、弾丸となって敵にぶつかっていくその影に
ルディアは手拍子と共に声援を送った。
何しろ相手は、長い間、苦楽を共にした旅の仲間。ルディアにとっても大事な仲間である。

「こ、こいつ、ニ、ニワトリッ!? たッ、助け…うわ―――うわぁぁぁぁぁぁああああああッ!!」
「コカカッ!! コケッコクルォォォ―――ッ!!!!!!」
「え、ちょ…怖! く、来るなッ!! こっち来ん―――ッぎゃああああああぁぁぁぁぁぁッ!!」

戦いの場に渦巻いた混沌は、急所めがけて正確に飛来する謎の影によって―――自由に蒼空を翔けるニワトリによって
いよいよ収拾がつかないほどの極致へ追い込まれていた。
それはそうだろう。“自由に蒼空を翔ける”というイメージに乏しいニワトリが我が物顔で空を行き交い、
あまつさえ、体当たりに啄ばみに爆弾の投下と猛然たる攻撃を次から次へと掛けてくるのだから、
混乱するなというのが無茶なハナシだ。
常識の範疇を超える好戦的なニワトリの猛追を受け、強盗団の逃避行は完全に絶たれる恰好となった。

「………なっちゃいねぇぜ…トリ野郎………どうせヤるなら…臓物まで引きずり出せよ………。
………ギギギィ―――目ん玉くり抜きゃ、俺とコラボで目玉焼きハンバーグになるぜ………」

不謹慎の限りを尽くす撫子の発言は、もちろん今度も完全黙殺だ。

(………我が天運………ここに尽き果てたか………)

あらゆる面において一歩先を行く迎撃者たちに一泡吹かされたマルダースは、
半生を費やして築いてきた『オレイカルコス豪盗団』が目の前で瓦解していく情景を目にしながらも、
不思議と静まり返っている自分の心に驚いていた。
状況的には、フツノミタマと刃を合わせた最中よりも確実に追い詰められているのに、どうして冷静でいられるのか。
全てが終わろうとしている時、人間とはこうも心に凪が訪れるのか。

「なあ、ザッハ―――」

息子も同じ気持ちでいるのだろうか、気がかりになったマルダースがザッハークのへたり込んだ方を向いた時、
彼の目に飛び込んできたのは、これまた不可思議な光景―――光景と言うよりも、不可思議な物体だった。

「俺はッ、俺は逃げてやるッ!! とっ捕まってたまっかぁッ!!」

その不可思議な物体がザッハークの靴の裏であると言う事にマルダースが気付けたのは、
迫ってくる影が自分の顔面を跳ね飛ばし、浮遊感に支配された耳が息子の捨て鉢な叫びを捉えてからだった。
自分が置かれている状況の把握が完了したのは更に後。
屋根の上から息子に蹴落とされ、哀れ多士済々の迎撃者たちが群がる大地へ放り出されていたことは、
全身へ走った鈍痛によって現実に引き戻され、それでようやく理解できた。

(―――フッ………、ザッハークめ………そう動いたか………)

一瞬の出来事だった。
実の父親であるマルダースを列車から蹴落とすと言うザッハークの凶行に驚いた迎撃者たちに一瞬だけ虚が生じた。
この虚を見逃したら、もう打つ手は無い。逮捕されて牢獄に押し込められて人生おしまいだ。
逃げてやる、なんとしても逃げ延びてやる。例え親父を踏み台にしようと逃げ遂せてやる―――
それは、行き詰まった状況へ埒を開ける為にザッハークが試みた命がけの奇策だった。

「出ろッ!! 『フォールダウン・カースドスケイル』ッ!!!!」

父親を蹴落とした先―――つまり、皆の意識が集中する先とは逆方向へ飛び降りたザッハークは、
地面へと身を躍らせながら、魔法の呪文めいた言葉を唱えた。
『エンディニオン』に彷徨うありとあらゆる【夢】を、現実のモノとして叶えてくれる魔法の呪文を。

「オート・マタ型の【トラウム】やないかッ!」

迎撃者の中の誰かが叫んだ。【トラウム】と、そう叫んだ。

―――【トラウム】。【トラウム】とは、なんなのだろうか。

ギチギチと金属の摩擦する異音を立てながらボルトやナット、鋼板といったパーツでシルエットを整え、
やがて一匹の大蛇へと組み上がった、あのロボットの事を指すのだろうか。

「ロボットだったらそこにもいるだろッ!! ビルバンガーTで踏み潰しちまえッ!!」

今なお列車の最前列に在って行動を停止させている巨大な人型ロボットの事を指すのだろうか。

「【トラウム】云々喋くってる場合かッ!! 追えッ!! 追えぇぇぇ―――――――――ッ!!!!!!」

【トラウム】とは、なんなのだろうか。
【トラウム】とは、なんなのだろうか………―――

(………よくぞ父を踏み越えた………よくぞ雄々しき判断を選んだ………! ザッハークよ、お前はお前の道を往け………ッ!!)

―――――――――混乱が幾重にも塗り重なる戦場の只中では、
誰しもがこの問いかけに回答するだけの余裕は無く、これについての答えは、怒涛の速さで大地を這いずり彼方へ去った
『フォールダウン・カースドスケイル』なる機械仕掛けの大蛇とその背へ跨ったザッハークが、歪んだ口元に咥えて持っていってしまった。
マルダースは、引き倒されて地面に押さえ込まれるまでの間、そんな息子の背中をいつまでも飽きる事無く見送っていた。
実の父親を蹴落とす事さえ成長の証しだと、誇らしげに、飽きる事無くいつまでも。






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